翌日の昼下がり。
昨夜、BOSSと権兵衛の口喧嘩が聞こえてきた件を確かめるため、どっけんはBOSSの家に向かっていた。
「……腹減った」
我らが飼い犬軍団リーダーことBOSSが、地面に突っ伏したまま力なくため息をついている。
どっけんは権兵衛に目配せをして呼び寄せ、事情を聞いた。
「ちょっと目を離した隙に、ご飯がなくなってたらしいんですよ。自分で食べたのを忘れてるだけだと思いますけどね。ホントしょうがない男ですよ、まったく。わっはっはっ!」
(本人に聞こえてるぞ……)
どうやら、BOSSの最大の楽しみである晩ご飯をめぐって、権兵衛との醜い言い争いに発展しただけだったようだ。
そこへ——ガタガタ、ドカン! と酷い音を立て、煙を吹きながらオンボロ車が目の前でエンストして止まった。
「困りましたなぁ」などとボヤきながら、車の主が姿を現す。
「——いやぁ、皆さんお揃いで。にしても、いい天気ですなぁ」
よれよれのトレンチコートに、葉巻をふかしている。
首輪をしているのは、刑事猫の証明。
動物社会の治安を守る叩き上げ——「刑事猫ころん坊」だ。
「うちのカミさんがねぇ、まじめに仕事しろとうるさくてねぇ……おっと、これは失礼」
とぼけた顔をしているが、相当な切れ者だという噂を聞く。
実際の顔の広さは他の村にまで及んでいるらしく、なるほど、オンボロ車にまで乗る必要があるわけだ。
人間たちにも大人気で、大蛇山も撫でさせて貰っては嬉しそうにしていた。
権兵衛は素で人懐こいが、ころん坊は間違いなく計算だろう。
どっちにしても人間が一番単純な気がする。
「ころん坊さんじゃないですか。今日はパトロールでしょうか?」
権兵衛が愛想よく尻尾を振る。
すると、ころん坊は少しだけ真面目な顔つきになり、声を潜めた。
「実は皆さんにお聞きしたいことがありましてね。ご存じかと思いますが……あの野良猫一座が、どうも不穏な動きをしているようでして」
……シーン。
なんの話をしているのか、皆目見当もつかない。
どっけんと権兵衛は無言で口を噤んだ。
「優秀な刑事猫を一座に潜入させて、探りを入れてはいるんですが。なかなかに手強そうで」
「は、はぁ……探りをねぇ……」
「一座のお届け係の黒猫のやまとってのがこっちに引っ越してきたでしょう?何か企んでいるんじゃないかと思うんですがねぇ。あ、そうそう、やまとは引っ越しはお手の物らしいですから機会があれば頼むのもいいですなぁ」
「ははは……それはいいですね……」
(ころん坊と目を合わせてはいけない)
質問されたら危険だ。
飼い犬軍団が、何の危機感もなく毎日を楽しく過ごしているだけなのがバレてしまう。
「ちょっと待った」
その時、奥の方から力のない声が聞こえてきた。
地面に突っ伏していたBOSSが、ワナワナと巨大な体を震わせながら顔を上げている。
「……昨日の夜、俺のご飯を食ったのは……野良猫一座なのか!?」
空腹より怒りが勝った瞬間を見た。
(BOSS、ナイスこじつけだぞ)
これで視線の矛先はBOSSへ。
ころん坊は頷いた。
「あぁ、それは一座の悪あがきっずの犯行でしょうな。村のあちこちで、飼い犬と飼い猫がつまみ食いされて話題になってますが。……あら、ご存じない?」
……シーン。
我々は何も知らなかった。
だがBOSSには、にあそんなことはどうでも良かったようだ。
「悪あがきっずだとぉ!」
今のBOSSは怒りのみで生きている。
「許さん」
のそりと立ち上がる。
迫力だけは一級品だ。
「俺の飯を食いやがってぇっ!!」
平和のためでも、村の治安のためでもない。
ただの個人的な恨みから、犬と猫の抗争が始まる瞬間だった。
「じゃあ、あたしゃこれで」
BOSSの怒りに火をつけただけで、ころん坊は帰ろうと背を向けた。
「あ~そうそう、忘れるとこだった」
くるりと振り返り、鋭い目つきでこちらを見る。
「あとひとつだけぇ~~」
(出たぁ~!ここから核心に迫る、ころん坊の必殺技だ)
どっけんと権兵衛に緊張が走る。
「ちょっとこの車、ここに置いておきますね。な~に、すぐに取りに向かわせますんで」
「ふざけんなっ!」
飼い犬軍団のせめてもの抵抗だった。
(第一章第二話「刑事猫、登場」・了)